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○営業部長:「社長、最近の若い子は昔と違って自分からは何もやりませんな。一から十まで言わないと動かない。困ったものです」

●社長:「そうなのか。若くてもしっかりした考えを持っている子もいるだろう」

○営業部長:「いやいや。若い子と言っても、私が言っているのは30代の主任や係長です。働き盛りの年齢なのに、この層が一番ひどい。社長はあまりご存知ないかもしれませんが、30歳を過ぎても自分からやろうという気持ちが全然ない。危機感がない世代と言いましょうか」

●社長:「色々な社員がいるだろうから、主体性が少々欠けている者もいるだろうな」

○営業部長:「少々というか、まったく駄目ですな。これだから日本は世界の中で後れをとっていくのではないですか」

●社長:「そういった部下にどう働きかけているのかね」

○営業部長:「うーん、働きかけですか。と言いますか、どうして最近の子はああなのでしょうか。社長は色々な企業を見ておられるからご存じでしょう。どこの会社も、言うことを聞かない若い子ばっかりですか」

●社長:「『すり替え』は止めたまえ。私の質問にまず答えてくれないか」

○営業部長:「まぁ、きちんと意識して仕事をやってもらいたいです。もっと問題意識を持ってほしいというか」

●社長:「もらいたいとか、ほしいとか、君が願っていても埒が明かない。主語を『自分』にして、君がそういった部下に何をどう働きかけているのか、それを説明したまえ」

○営業部長:「働きかけても全然駄目ですよ。本当に自分から動こうとしないですから。まったく何を考えているのだか」

●社長:「具体的に答えてもらおうか。30代の部下たちに、君はこの3カ月以内に、どのような働きかけを何回、実施したのか」

○営業部長:「ええ?」

●社長:「ええ、じゃない。さっきから、はぐらかしてばかりじゃないか。部下への不満や愚痴ばかり言っていないで、彼ら彼女らをどのように変えようとしたのか言いなさい」

○営業部長:「社長、お言葉ですが、30歳を過ぎた部下に、部長である私が手取り足取り言わないといけないのでしょうか」

●社長:「繰り返すが『すり替え』は止めろ。よく分かった。君が問題だと思う部下たちに対し、君は具体的な働きかけを一切していないということだな」

○営業部長:「一切していないというわけでは」

●社長:「では君が働きかけたことを具体的に言いたまえ」

○営業部長:「……」

●社長:「要するに君は部下たちを遠目に見ながら、念力や超能力で動かそうとしていたわけだ」

○営業部長:「社長、そんな念力だなんて……」

●社長:「そうだろう。愚痴や不満ばかり言って、何も働きかけていない。君がやっているのは『きちんと仕事をしてもらいたい』と願うことだけだ。念力だと嫌味の1つでも言いたくなる。危機感や問題意識や主体性がないのは君のほうだ。営業部長として何をすべきが自分で考え、行動したまえ」

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どうして「念力」で部下を動かそうとするマネジャーがいるのか?:日経ビジネスオンライン (via yukiminagawa)

(konishirokuから)

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"子供の口減らしや売り飛ばしは戦前の話ではなく、現在60代の人々が子供の頃にはまだ現実だった。

・次々と出てくるモノを同じように購入したり消費したりするうちに、多くの人が「ふつう」「中流」と思うようになったのだろう。

・歌も人からではなく、テレビから人に伝わる時代となる。テレビで覚えたアニメソングは歌えても、人に歌ってもらって覚えるわらべ歌を知らない子供が増えていくのもこのころからだ。

・テレビは、少し前まで歴然としてあった地域格差や家庭の違いを飛び越えるように子供たちが共有するものを拡大した。

・50年代には、駄菓子屋で迷いながら菓子を選ぶ子供たちがいたが、60年代にはワッペンやシールを集めるためにテレビのCMで見た菓子を「指名買い」するようになり、子供たちの菓子の買い方も変わっていった。

・「昔は空き地や路地裏でよく遊んだものだ」と語られるが、道路や空き地で遊んでいた子供たちとは、62年当時の小学校高学年というから、50年代までに生まれた「旧型」の子供たちであって、「60年型」の子供たちではない。

・60年以降生まれの子供たちにとって、ナイフで鉛筆を削る行為は必要がないというより、「してはいけないこと」になったのである。

・「紐を結べない子供」の背景にも、子供の衣類や靴、道具に、紐ではなくゴムやチャック、マジックテープ、そして新しい伸縮素材が普及してきたことがあるだろう。

・日常必要とされる人の手の作業能力も気づかぬうちに変わり、そこに新しく育つ子供たちの身体能力の違いとしてはっきり表れ始めたのが60年生まれの子供たちからだったと思われる。

・従来は同じ町でも学校ごとに教科書が違って効率が悪かった塾経営が、採算の取れる事業となって乱立し始めたのである。その意味では、乱塾時代の始まりは、教育の画一化の始まりとも一致している。

・60年生まれが30歳になる90年に、永谷園から「大人のふりかけ」が全国発売されてヒットするが、それは「大人の子供舌」と騒がれ始めたのとちょうど同じころである。大人の子供舌は「60年型」の特徴の一つでもある。

・「どんな大学で何を学びたいか」はさておき、偏差値の見合う(=受かる)大学に自分を「あてはめ」たり、銘柄大学の文学部から経済学部まですべて受けたりするような受験生も増えていく。その弊害か、入学後に「僕は何をしたのか」と「自分探し」をする学生が増えて問題になるのも、この頃からである。

・暗記した答えを、深く考え込んだりせずスピーディにマークシートに記入していくのはパズルさながらと言われ、データに基づく受験攻略は「ゲームの攻略法」にも例えられた。彼らが大学生になったころから、若者にゲームやパズル、クイズがブームとなったのは偶然だろうか。

・長い間学校教育を受けていると、すべてのことに、正解があるのだというような錯覚におちいる。そういう頭で、満点の答えのない問題に立ち向かうと、手も足も出なくなってしまう。
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『日本人には二種類いる 1960年の断層』:紙魚:So-netブログ (via edieelee)

(toshi0104から)

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 誰も「歳を取らなくなった」に関連する現象としては、例えば以下が連想される。

 ・30~40代の女性達の、少女のようなかわいらしさの追求

 ・男性オタク達の、終わりなき思春期、終わりなき文化祭

 ・“友達親子”のような、壮年期というより思春期モデルを踏襲した親子関係

 ・親の庇護から出ることなく、子どものロールモデルを引き受け続ける子

 ・引退せずにいつまでも働き続ける団塊世代

 いつまでも老年期にギアチェンジしない壮年期、いつまでも壮年期を迎えない思春期、そして思春期すら持て余して幼い万能感に退行せざるを得ない人達…。こうした人達をあちこちで見かけるにつけても、今日日、「歳の取り方」が分からなくなっている人達や、分かりたくない人達というのが沢山いる、と推定される。

 こういった現在の状況を、『誰もが自由なライフスタイルを選択できるようになった結果としての福音』と主張する人も、いるかもしれないし、そういう主張が一定の説得力を有しているというのも事実には違いない。

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「歳の取り方」が分からなくなった社会 - シロクマの屑籠 (via yukiminagawa)

多分こういう大人になっていない中年・壮年・老人というのは昔からいたんだと思うけど、昔はそういうのが目につかなかったからなんとなく世の通念的な「大人」という唯一のロールモデルを踏襲する人が多かったんじゃないかな。今はいわゆる昔の大人ではない大人がたくさんいることが周知になっているどころか、同好の士として繋がりまで持ててしまうので、こういう状態になってしまうのはモラルやなにかの問題ではなくある意味で必然なんだとおもう。

(via yoosee)

(ytsunetsuneから)

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